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札幌高等裁判所 昭和61年(ラ)13号 決定

抗告人

帯広川西農業協同組合

右代表者理事

山捨男

相手方

浅利ヒロ子

福島寛孝

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  原決定における申請の趣旨(原決定一枚目裏二行目から六行目までの「 」書き部分)と同旨の仮処分。

二抗告人の主張

抗告人の主張は、次に付加、訂正するほかは原決定の理由一のとおりであるから、これを引用する。

1  原決定二枚目裏一行目の次に、改行して次のとおり加える。

「また、民法六〇二条は、抵当権設定後の土地の賃貸借は五年を超えてはならない旨法定するが、相手方福島のように建物所有を目的とする賃貸借は直ちに無効となるものではなく、建物が存在する限りにおいては、借地法四条の適用があつて、抵当権者である抗告人に対抗するはずのものである。

したがつて、本件賃貸借が抗告人に重大な損害を及ぼすことは明白であるから、抗告人は、五年を超える部分についての無効をも主張しうる法律上の地位を有する。

4 抗告人と相手方浅利との間で取り交わした本件各根抵当権設定契約書には、「根抵当権設定者は、あらかじめ貴組合の書面による承諾がなければ、根抵当物件の現状を変更しまたは根抵当物件を譲渡し、もしくは第三者のために根抵当物件に権利を設定いたしません。」との特約が明記されており、相手方浅利が抗告人の制止勧告を無視して第三者たる相手方福島に本件土地を賃貸して本件建物を建築させたことは、右特約に反する。」

2  原決定二枚目裏二行目の「4」を「5」に改める。

三当裁判所の判断

よつて、審按するに、当裁判所も、本件記録に徴し、原決定の認定判断を相当と認めるものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは原決定の理由二、三の説示と同一であるから、これを引用する。

1  原決定二枚目裏九行目の「被保全権利」の次に「の一」を加える。

2  原決定三枚目表七行目から九行目までのかつこ書き部分を削除し、一〇行目の「余地がない。」の次に次のとおり加える。

「抵当物件につきなされた民法六〇二条の期間を超える賃貸借であつて抵当権設定登記後に登記され又はいまだその登記を経由していないものは、抵当権者ひいては物件の競落人に対抗できないものである。もとより、かかる賃貸借であつても、その存在によつて抵当物件の交換価値に事実上影響することがありうることは否定できないとしても、法的には右賃貸借が対抗力を有しない以上、抵当権を侵害するものではなく、したがつて、抵当権者は、右賃貸借の設定を禁じたり、設定された賃貸借の解除を求める権能を有しないのが原則である。

次に、抗告人は、被保全権利の二として、本件各根抵当権設定契約に付された特約を主張するところ、一件資料によれば、抗告人と相手方浅利の被承継人浅利憲志との間に締結された本件各根抵当権設定契約には、抗告人主張のとおり、根抵当権設定者が根抵当権者の承諾なしに第三者のために根抵当物件に権利を設定しない旨の特約が付されていることが明らかであり、かかる特約が存するときは、根抵当権設定者(ないしその包括承継人。以下同じ。)は第三者に物件を賃貸することも許されないのであつて、根抵当権者は、設定者に対し、右特約に基づき、単純な占有移転の禁止あるいは賃借権の設定禁止を命ずる不作為の仮処分をすることは許されると解すべきであるが、右特約はあくまで根抵当権者と設定者との間の債権的な契約にすぎないものであるから、これに基づき、第三者に対抗力を有する執行官保管の仮処分をすることは許されず、また、賃借人その他の第三者に対し、右特約に基づき何らかの仮処分を求めることも許されないと解すべきである。」

四よつて、本件仮処分申請を却下した原決定は相当であつて、抗告人の抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法八九条、九五条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官丹野益男 裁判官松原直幹 裁判官岩井 俊)

《参考・第一審判決理由》

一 本件仮処分申請の趣旨は、「債務者らの、別紙物件目録(一)記載の土地と、同(二)記載の建物(未完成)に対する占有を解いて釧路地方裁判所帯広支部執行官にその保管を命ずる。この場合には執行官は、その保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。債務者らは、右建物に対する建築工事を中止して続行してはならない。」というのであり、その理由の要旨は、

1 債権者は、債務者浅利所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)につき、(1) 昭和五三年四月三日設定、同月四日釧路地方法務局帯広支局受付第九、三二〇号、極度額二五〇万円、債務者を債務者浅利とする根抵当権及び(2) 昭和五五年九月一日設定、同月三日同支局受付第二五、二一〇号、極度額一、二〇〇万円、債務者を佐藤忠義外一名とする根抵当権をそれぞれ有している。

2 債務者浅利は、同福島に対し、その地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)を建築させる目的で、民法六〇二条の期間を超えて、本件土地を賃貸して引き渡した。同福島は、昭和六一年三月一八日建築確認の申請をして、本件土地上に本件建物の建築工事を開始した。

3 債権者は、前記各根抵当権の被担保債権として総額二、六四〇万円の元本債権を有しており、右債権を担保すべき本件土地上に本件建物を建築して長期の用益権を設定されると、本件各根抵当権実行の際においては本件土地の換価価値が低下し、右被担保債権の満足が得られないこととなり、本件各根抵当権に対する侵害があることは明白であるから、債権者は、抵当権者として、損害を免れるために、民法三九五条但書に基づき、債務者らの前記賃貸借契約の解除を求める権利を有する。

4 債権者は、右賃貸借契約の解除を求めるべく準備中であるが、債務者らは本件建物建築を続行して完成させるおそれがあるため、債権者が本案において勝訴判決を得ても、権利の実行ができないか、またはなすについて著しい困難を生ずるおそれがあるので、申請の趣旨どおりの仮処分決定を求める。

というのである。

二 よつて、判断するに、本件仮処分申請は、債権者が、債務者浅利所有の本件土地の抵当権者として、民法三九五条但書に基づき、債務者らがなした右土地賃貸借契約の解除請求権を被保全権利とするものであることが明らかであるところ、右法条は、本文において、同法六〇二条に定めた期間(建物所有目的の土地の場合は五年)を超えない賃貸借は、抵当権の登記後に登記したとしても抵当権者に対抗することができる旨定め、但書において、このような賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすときは、裁判所は、抵当権者の請求により、その解除を命ずることができる旨定めたものである。

そこで、本件について右解除請求権の成否をみるに、一件資料によれば、債権者がその主張にかかる各根抵当権を有していることは認められるものの、債権者が主張する債務者らの本件賃貸借はいまだ登記されてはおらず、また同法六〇二条の期間を超えるものであることは債権者の自認するところである(従つて、右賃貸借は登記を有する抵当権者である債権者に対抗できないものであるから、債権者に何ら損害を及ぼすものでもない)から、本件はそもそも同法三九五条但書に該当せず、債権者主張の解除請求権は発生する余地がない。

三 してみると、本件は被保全権利の疎明がないということになるから、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件各仮処分申請はいずれも理由がないとして却下することとし、主文のとおり決定する。

物件目録(一)

所在 帯広市大空町一二丁目

地番 一番一〇

地目 宅地

地積 一四九・五〇平方メートル

物件目録(二)

所在 帯広市大空町一二丁目一番地一〇

種類 店 舗

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積

一階 一一二・五九平方メートル

二階 一一四・二一平方メートル

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